<物語>

東京は下町。台東区。
何でも昭和の始めから続く風呂屋があって、
そこには無口で頑固で酒飲みな御主人と、
どういう訳か、その御主人とは
釣り合わないほどの美人な奥さんが居て、
二人で銭湯を切り盛りしていたが、
ここに来て予てから御主人の酒癖が祟り、
奥さんが出て行ってしまう。
これに懲りて直るどころか
さらに酒浸りな御主人。
見兼ねた近所のお節介な友人たちが
訪ねてきて、仲直りの指南をするが…
男と女。夫と妻。
切るに切れない腐れ縁を描く人情噺。

<下町の銭湯の物語>

性懲りも無く酒を呷る駄目な亭主と、愛想も
小想も尽き果てかけた女房との間に、夫婦の
試練が訪れ、振り子のように互いの心は揺れ
動きます。それでも夫婦を続けるのならその
判断となる根拠は何か、と模索しながら。 
また、歳を重ねても我儘で不器用な隣人たち
の主張は、助言をしているようでいても、そ
の行間から人生の哀愁を感じさせます。  
作品を作る上で参考にしたのは古典落語の世
界です。その中でも夫婦の仲を扱った噺は幾
つかあり、どのようにして離縁せず折り合い
を付けて行るのか、面白可笑しく語られてい
ます。脚本をお願いした市村さんからは、喧
嘩して奧さんが出て行ってしまう話はどうか
という提案があり、まさに挑戦したいコンセ
プトにぴったりで、無口で頑固な御主人に、
結末を左右する美しい女房と、人は悪くない
がお節介な友人たちによる会話劇という構図
が出来上がって行きました。       


<味わいある音楽と出演者たち>

主役の銭湯の主人を演じるのは、勤めていた
職場で知り合って意気投合し、初めての映画
出演に挑んだ稲毛弘隆さん。ご本人は浅草で
育ったという事もあり、いきなりの出演にも
関わらず映像に違和感なく馴染み、最後まで
全力で演じ切って頂いたのですが、2020
年2月に病により急逝。折しも荒編集がひと
段落し、映像を確認した直後のことでした。
主人公の妻役を演じるのは、劇場公開映画な
どの主演を務める活躍に留まらず、シンガー
ソングライターとしても活動しているみやび
さん。その他に、昭和から平成にかけて、数
々の名作映画で脇を支え続けた村添豊徳さん
が銭湯に入り浸る役として出演。また、薬局
に勤める銭湯の御主人の友人役として、映画
やドラマに舞台、CM等のジャンルをまたい
で活躍中の坪内悟さん。主演の稲毛さん同様
に、同じ職場で出演を依頼し、快諾して頂い
た橋本智子さんは、銭湯のお手伝いさんの役
(御主人の従兄妹という裏設定)で出演して
います。                
どこかレトロで懐かしい音楽ミュゼットは、
20世紀初頭にフランスのパリの下町で生まれ
、フランス中南部やイタリア移民の人たちが
故郷を想って演奏されて広がったと伝えられ
ています。どういう訳か、日本の銭湯とそこ
で展開する夫婦の物語に相性の良さを感じ、
作曲家の黒木千波留さんが本作の為に書き下
ろしたオリジナルスコアを、アコーディオン
奏者の桑山哲也さんが奏でることで、作品世
界にさらなる彩りを添えています。    


<17年の時を経て制作>

「ユウナとちいさなおべんとう」から17年の
ブランクを経て、短編連作集の2作目として
完成したのですが、それには二つの理由があ
りました。ひとつには、フィルム撮影は高額
な制作資金が必要で、持続可能な制作体制を
整備するのに時間が掛かったこと。それは束
縛されることなく、オリジナルのストーリー
に、自由な表現方法で作品を作る事ができる
自主制作ならではの恩恵を受ける為という事
に繋がります。ふたつめは、魅力ある世界を
構築する期間が必要だったからです。簡単に
言えば、己の未熟さゆえに、次に撮るべき作
品が思い浮かばなかったのです。それまでは
他の企画に参加し、経験を積ませて頂きまし
たが、時を経て行くうちに様々な御縁に支え
られ、埋もれかけていた連作企画を再び始動
させようと思うようになって行きました。 
そのような事があり、今回から Éclair フィル
ムカメラをイギリスから入手し、 Angineux
の 10mm単焦点レンズから 12.5mm−75mm
までカバーするズームレンズを取付け、台東
区や荒川区の情緒豊かな銭湯や、都内唯一の
路面電車などで撮影する事になったのです。
ただ、この17年という年月は現像所の閉鎖
の波が押し寄せた時期でもあり、東京近郊に
4つあった現像所のうち、東京現像所を残す
のみになってしまいましたし、富士フィルム
も映画用フィルムの製造から撤退し、フィル
ムの選択の幅も狭まってしまいました。  

<キャスト>

稲毛弘隆
みやび
村添豊徳
坪内悟
橋本智子


<スタッフ>

  脚本:市村政晃
撮影監督:松下茂 
  音声:八木武志
    田山滋
  編集:石出裕輔
   衣装:名取みやび
  美術:石出裕輔
   音楽:黒木千波留
  演奏:桑山哲也
  合成:岡本泰之
 監督補:根岸摩耶
撮影助手:堀越桐郎
スチール:飯野歩 
撮影応援:松田彰 
    阿部崇
    石出亮
    協力:露木栄司  
     石出実希
     中桐崇文
      監督/製作:石出裕輔       

フィルム:KODAK VISION3 500T
現像・カラー:東京現像所
製作協力:Studio AGIRA

2021年 / 16mm / 20min / STEREO